こんなマンガでゲラゲラしてます
バレンタインのキャンペーンだったか何かで試し読みした作品です。
確かに恋愛がテーマではあるんですけど、彼らのすれ違う様がとても面白いコメディです。
モテたくてガンマンになった保安官だけど、奥手(プライドが高い?)なのでクールに振る舞っている中、こちらも奥手な女性賞金稼ぎが相手の心を探っている。
彼らを含めて周りで起こるすれ違いに、ナレーション(ツッコミ)が入るのですが、彼らが真剣な分、それらの誤解が面白可笑しいんですね。
個人的には、ヒロインである女性賞金稼ぎが実に可愛らしい。ビジュアルが、というか、その…ね。
本屋でもあまりたくさん置いてあるのを見かけないので、それほど知られていない作品なのかなあと思うのだけど、シンプルに面白いので是非一度読んでみてください。楽しい作品としてオススメです。
マンガの楽しみ方
マンガの楽しみ方って色々あると思います。
小説とは違って絵がお話を進めるので、その絵が楽しいという場合もありますよね。一コマの中に二人以上の人物がいた時、シーンは同じだけど、セリフの都合で各々の時間がずれている、というのが個人的には興味深いです。また、それが自然に見えるのも面白い。
他にもマンガを読んでいて面白いと感じているのがこちら。
短いお話なので読んでみてください。
男の子に住所を書かせているときの女の子の表情が大変よろしい。
頰を染めて半笑いのような、何かを堪えているような。
この時、彼女が何を考えているのか想像するのが楽しい。
こういうの、マンガならではなんじゃないかと思うんですよね。
この作品ではないけど、あるセリフに対して、それに答えず、表情も見せないというシーンも好きです。どんな表情をしているのだろうと想像するのが楽しい。
小説の場合は、前後の言動やひねった表現で読者に想像させるのでしょうけど、マンガの場合は、そのほとんどを読者の経験に委ねているようです。だから、こういう表現の多い作品って年を重ねた人ほど味わい深くて面白いんじゃないかな。もちろん、若い人も若い人で楽しめる。
マンガって面白いなあ。
こんなマンガでドキドキしてます
マンガを読んでみようかなと思い、Web掲載している作品をあれこれ試し読みしている中、見つけた作品です。
Web掲載しているマンガの数は、自分が想像していたよりも遥かに多く、色々読んでいると作品のあらすじを吟味するのが面倒になりまして、とりあえず一話を読んで判断するかと物色していたわけです。絵の雰囲気も知ることができますし。
今回の”無能なナナ”もそんな作品の一つで、あらすじを読まずに試し読みした作品です。
物騒な調子から入るのですが、絵の雰囲気もほんわかしているし、田舎の学校らしきところが舞台でのんびり読むつもりで進んだのですが、一話読了後、呆然としてしまいました。
読んだことのある方なら理解いただけると思うのですが、もしそうでない方がいて、興味が湧いたら、是非、前情報を入れずに一話を読んでみてください。上のリンクから一話目を無料でご覧いただけます。
毎回先の気になる終わり方をするので、Web掲載を待てずに結局単行本を買いました。マンガを読んでこんなに心が騒ぐのは本当に久しく、過去作品でもちょっと記憶にありません。自分が歳をとったということもあるかもしれないけど、次巻も気になる今日この頃です。
マクロスって
定期的に立ち寄っているマンガサイトの一つに”サイコミ”というサイトがあるのですが、こちらで少し前から連載している”マクロス”を読んでいます。
マクロス。確か小学校の低学年の頃、日曜日の午後(確か昼過ぎだったと思う)に放送していたような記憶があるのだけど、サッカークラブやら何やら活動していたので断片的にしか見た記憶がありません。
大きな人間と変形する飛行機が戦っているアニメ、という程度の認識で、彼らが一体何のために戦っているのかだとか、当時さっぱり分からなかったんですよね。
その後、シリーズ化してあれこれ作品が発表されたらしいけど、マンガやアニメから離れたので知る由もなく今に至る、と。
上記のマンガは序盤も序盤で、まだ記憶にある物語とはくっつかないけど、何やら一気に地球から遠くに飛ばされたようなので、これから頑張って帰るのかな、と思うのですが、その過程が自分の知るマクロスの物語なのでしょうか。
ガンダムにしろ、今回のマクロスにしろ、大人になってから作品に触れると味わい深いと言いますか、当時は分からなかった色々な側面を知ることができて面白いものですね。
この調子で子供の頃に見てよく分からなかった作品を見てみると面白いかもしれないな。
そういえば、子供の頃に1話くらいしか見てないタイトルを思い出せないロボットアニメがあるんですよね。砂漠のようなところで、少年がコクピットを覗いたら、パイロットが砂になってたかなんかだけ覚えているんだけど…断片的でよく思い出せない。
なんだったんだろう。夢かな?
APOLLO第8回を終えて
ご試聴くださった方、宣伝してくださった方、ありがとうございました。
先日、無事にAPOLLO第8回が終了しました。
開催期間中はAPOLLOさんのTwitterアカウントから、リツイートされたいろいろな作品がタイムライン上を流れ、大変盛況なようでした。アナウンスによると参加者も過去最高、一人頭の売り上げも過去最高だったようです。このイベントに向けた限定作品もあったようで、イベント自体も浸透してきたんだなあと感慨深かったです。
ただ、興味深いのは個人的な売り上げは過去最低だったことでしょうか。大した宣伝をしていない、というのも理由の一つなのでしょうが、作業用BGMとしてイベントサイトではランダム演奏がされるというのは、参加者が増えたためなのかそれほど効果がなくなってしまったのかなと感じます。それだけに、今後はAPOLLOに向けた宣伝活動も必要なのかもしれません。APOLLOに向けて新作をリリースする、というのも面白いかもしれないな。
というわけで、今回は少々寂しい結果でしたけど、次回参加するなら今度は少し宣伝してみようかと思います。
リメイクされたBGMで思う
昔のゲーム作品を今の技術でリメイク、という話を度々見かけます。
昔は制約だらけの中、工夫に工夫を重ねて形にしたところ、今は当時できなかった表現ができるということで作り手のやりたかったことを知ることができるし、当時を知らない人にとっては、今の作品として楽しむことができる。作り手側としても、歯がゆい思いを形にできて嬉しいだろうから、誰にとっても素敵な話ではありませんか。
ただ、どういうわけか音楽を聴いてみるとガッカリすることが多いんですよね。
確かに音自体がクリアになっていたり、豊かであるのは間違いないし、オリジナルの作家さんが監修していたりご自身がリメイクしていたりするケースもあるはずなのに、です。
いわゆる”思い出補正”というやつなのかなと考えたりもします。
当時リアルタイムで遊んだ記憶に流れるBGMとあまりにも違うので、違和感を感じているだけなのかな、と。
私の周りにいる方々からも同様の声を聞きます。「期待していたのと違う」等々。
残念ながら大きく世代の異なる友人がいないので、昨今のユーザさんにはどういう風に映る(聴こえる)のか分からないのですが、これはこれとしてこういう作風が世の中の主流なのかなと思ってしまいます。当時、制約だらけの音楽に想像を膨らませていたものと、現実は違うのかなと少々切ない気持ちをリメイクの度に味わっています。
なかなかゴールの見えない問題だけど、いつか「これこれ、こういう音楽を僕らは空想していたんだ」というリメイクに出会えたらいいですね。
中華料理屋での会話
中華料理屋で食事をしていたら、隣の席の初老の男性二人がこんな会話をしていました。
「今日は(夕食)付き合わせてごめんね。家にいてもゴロゴロしながらテレビ見るくらいしかすることなくてさ。(中略)吉野家なんかも安くて美味いから料理もしないし」
世の中、これだけ情報がたくさんあれば、やりたいことなんて探せばいくらでもありそうなものだけど、そうでもないのかなと思いながら、結局のところ、やる気がないのだろうなと落ち着いた。
別に高尚なことじゃなくてもいいと思う。
明日に向かってこんなことをしようかな、とか、そのために少しでもこんなことをしてみようかな、なんていう生きるモチベーションがないと、一体何のために生きているのか分からなくなりはしませんか?それとも、こういう人が世の中の大多数なのか?
少々辛辣だけど、こういう人から、世の中は淘汰されていくのだろうなと思います。技術の進歩によって今後もいろいろな職種で人間の手が必要なくなると言われています。仕事がなくなれば、人間はより”本来やりたいこと”をできるはずなのですけど、やりたいことがない人は、多分、他人から言われるまま仕事をすることで保ってきた自己が失われることを恐れるんじゃないかな。
年齢を重ねると身体機能の低下とともに、こういったモチベーションも落ちると聞きます。私もおじさんですが、いろいろなことに興味を持って、実際にやってみようと思える人間であり続けたいなと思うのでした。