エースナンバー
今はライオンズを応援しているけど、一昔前は横浜ベイスターズを応援していました。98年の優勝と言えば「マシンガン打線」とか「大魔神佐々木」なんて文句が踊るかもしれません。確かに、先発すれば完投というような本格派投手はいませんでした。…いや、絶対的なエースと言う投手すらいなかったような気がする。みんなで佐々木投手まで繋ごうという雰囲気で、当時の権藤監督も似たような事を言っていた記憶があります。
斎藤投手は、当時怪我から復帰したくらいでしたか。権藤監督の前任、大矢監督だったかが斎藤投手を「横浜の宝」と言って、復帰には慎重だった中、確か最初の内は、中継ぎで少し登板してから先発に戻ったのだったかな。
ボールは良いし、良い投球をするのだけど、ポイントでポカしてしまう。こういう印象が私にはありましたが、それでも98年の優勝には大きく貢献してくれましたね。そして、佐々木投手が海を渡った後、守護神として活躍してくれました。
大リーグに挑戦する、という話を知った時は、驚きと残念な気持ちがありました。
渡米する前年には調子が良くなり、来期は期待できると思った矢先の残念さ。投手としては晩年となる36歳でのメジャー挑戦という驚き。でも、結果的には良かったのだろうと思います。メジャーでの活躍はここに書くまでもないけど、後に読んだ斎藤投手のインタビュー記事によると、体のケアやコンディショニングについてとても勉強になった、とのことでした。だからこの年まで現役で…それも144km/hなんてストレートを投げることができるんだね。
楽天に入団する時、自分の地元球団でプレイできる日が来るとは思わなかった、というようなことをお話していたように思います。
お疲れさまでした。
今は少々混沌としている楽天球団ですけど、いつか現場に復帰して東北からー地元から素晴らしい投手を輩出してください。
ありがとうございました。
私にとってのエースナンバーはいつまでも#11です。